スポーツ活動や運動は、ストレスに関連した精神疾患(うつ病、認知症など)の予防・改善に多様な恩恵効果をもたらす。この背景には、脳の高い可塑性と運動との相互作用による神経系の適応応答の変化が関連している。これまでの臨床的研究から、ストレス性精神疾患の神経病態として、視床下部―下垂体―副腎皮質系(HPA軸)の過剰活性、モノアミン神経系の伝達異常、海馬神経細胞の脱落・萎縮などが報告されており、運動はこれらの脳部位の機能・構造を変化させることによってストレス性精神疾患の予防・改善に貢献するものと考えられる。しかし、この運動の癒し効果を発現する脳内神経機構や有効な運動条件については依然解明されていない。本研究では、運動の抗うつ・抗不安効果の神経機序について明らかにするため、脳幹―視床下部―海馬の相互関連に着目し、急性運動時に活性化する脳神経回路の機能的マッピングとその可塑性について探索することを目的とした。ターゲットとした脳部位は、中脳縫線核(セロトニン神経;抗うつ・抗不安に関連)、視床下部室傍核(CRF神経;HPA軸に関連)、さらに中脳縫線核から海馬へ投射する神経(可塑性に関連)とし、それぞれの神経活動と行動変容の運動強度依存性(低強度と高強度;乳酸性作業閾値以下と以上)について解析した。結果として、高強度運動はCRF神経の強い活動をひきおこし、うつ様行動を増加させる傾向にあった。一方の低強度運動は、CRF神経の活動を過剰に高めることなくセロトニン神経活動を賦活させ、うつ・不安様行動を減少させる傾向にあった。さらに、中脳縫線核から海馬へ投射する神経の活動は、低強度運動によって賦活される傾向にあった。以上のことから、運動による効果的な抗うつ・抗不安効果は低ストレスの運動(低強度運動)によってもたらされ、そのメカニズムとしてセロトニン神経の賦活化と海馬への神経性入力の関与が示唆された。
|