本研究の最も重要な課題は、大正期の模範家庭像を翻訳教科書の内容分析から明らかにすることである。成果として翻訳書原典をイギリスで入手し、内容分析に着手できた。 明治期の翻訳家事書の導入は、欧米の家事教育などを通して日本の家庭像や生活観の近代化を意図したのに対し、大正期に発行の翻訳教科書『模範家庭』は、新たな中間層家庭の出現、「主婦」という女性の役割分担の確立、経済的困窮への対処や合理的生活の推進・普及を目的とする生活改善運動などを背景に、新しい価値観を模索していた大正期における「模範的家庭像」を示すことを意図していた。翻訳教科書の内容を原典と対比し、原典との相違点を明らかにし、そこから翻訳の意図を分析するにより、大正期の家庭観の成立過程について言及することを試みた。 その結果『模範家庭』は、原著と比較し「POEMS OF HOME」の欠如により「イギリスの家庭観」の補足が薄まり、「NOTES AND MEANINGS」で示される「家事に関する専門用語の知識・技術」の欠如により、家事教育の専門書の意味合いが薄まることが、さらに「SUMMARY OF DOMESTIC ECONOMY」の欠如により、「家事教育で習得すべき要点」を確認できず、イギリスの「家庭生活の価値観」、「実践的な家事」、「科学的知識」に裏付けされた家事教育を学ぶ教科書としての本来の教育目的を達成できないことが予測できる。鳩山は英文の解読に優れていたとされ、原著の構成や意図は十分に理解していたと思われる。あえて本文のみを翻訳し、教科書として紹介したのが実状と思われる。 本研究では、翻訳家事書『模範家庭』とその原典内容の対比を通して、その相違点を明らかにしたが、今後の課題として、大正期の困窮した生活実態を背景に、時代に対応した独自の生活像の確立を『模範家庭』として描いたのではないかという視点からも検討していきたい。
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