現在、機械工学・情報工学と融合した生体工学は、ライフサイエンスや脳神経科学を巻き込みながら先端医療技術を再編しつつある。本研究は、日本の在宅療養における人工呼吸器と意思伝達装置を科学技術史的に検証することを通じ、当事者の生活に根ざしたサイボーグ医療倫理の構築を目指すものである。本年度は、人工呼吸器・意思伝達の研究開発史に関する資料の収集と調査を実施するのと並行して、サイボーグ医療の倫理的問題に関する下記の検討を行った。 (1) ロボエシックス:ロボット技術は福祉・医療分野にも進出し、人々の感情やコミュニケーションの質を変容させつつある。特に欧州ではロボット技術の倫理的・文化的研究がロボエシックスの分野で活発にすすめられている。2011年9月にイタリア・ベルガモ大学と共同開催した国際ワークショップでは、サイボーグ論・生命倫理の観点から神経難病患者ならではの知恵と技法で人工呼吸器・意思伝達装置を運用する状況について報告し、工学や医学などの専門家と家族・患者との権力の非対称性を認識しつつ、患者独自の技術利用を支援する重要性が確認された。また関連する論文がCybernics Technical Reports : Special Issue on Roboethicsに掲載された。(2)合成生物学:DNA、膜など細胞部品から人工的に細胞を再構成する合成生物学は、生命進化研究や再生医療への貢献が期待される一方で、倫理的懸念も生み出している。合成生物学はライフサイエンスからサイボーグ医療に接合する分野であるため、2010年12月にシンポジウム「合成生物学・倫理・社会」(日本科学史学会生物学史分科会主催)を共同企画した。実験研究者と科学技術社会論・科学史研究者が倫理的・社会的観点から議論を行い、サイボーグ医療倫理が患者・被験者保護を超え広義の生命倫理に接合する問題系を含むことが確認された。
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