スペインのバルセロナ大学に保管されていたスペインブルゴスのCluniaとバダロナのBaetuloのローマ帝国時代の遺跡から採取した朱の産地同定のために硫黄同位体比を測定し、ヨーロッパの主な辰砂鉱山鉱石の硫黄同位体比と比較した。ヨーロッパの主な辰砂鉱山として、スペインのアルマーデン鉱山、イタリアのモンテアミアタ鉱山、オーストリアのエルズベルグ鉱山、スロベニアのイドリア鉱山、スロバキアのラドナニー鉱山をリストアップした。いずれもヨーロッパで著名な辰砂鉱山である。鉱山鉱石の硫黄同位体比を測定したところ、アルマーデン鉱山鉱石だけが、大きくプラスのδ値を示した。そこで遺跡朱の硫黄同位体比を測定したところ、Clunia遺跡から得られた朱はアルマーデン鉱山の鉱石とほぼ同じδ値が得られた。Baetulo遺跡朱はアルマーデン鉱山より有意差はないが少し高いδ値が得られた。このことから、Clunia遺跡ではアルマーデン鉱山から採掘した朱を用いたと考えた。また、Baetulo遺跡から出土した朱もアルマーデン鉱山の可能性が高い。一方、ハンガリー国立博物館に所蔵された壁画から採取した朱は、トランスシルバニア地方の朱を用いていたと考察した。以上の結果、我々が開発した硫黄同位体比を用いた遺跡朱の産地同定手法は画期的な方法であり、ヨーロッパの古代ローマ帝国時代の遺跡で用いられた朱の産地が同定できた。今後、イタリアを含むローマ帝国時代の遺跡朱の産地同定を行い、特に硫黄同位体比で他の鉱山鉱石と顕著に異なるδ値を示したアルマーデン鉱山の朱が、ローマ帝国支配地域でどの位広範囲に使用されたかを検討したい。
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