加熱食品中に含まれる発がん物質ヘテロサイクリックアミン類の中で最も多く存在するPhIPは、ゲノムDNA中のdGと付加体を形成する。この付加体ががん抑制遺伝子・がん遺伝子中にできて変異を引き起こすことが発がんの一因と考えられるが、この遺伝子変異だけではPhIPの発がん性のすべてを説明することは出来ない。PhIP-DNA付加体形成によりDNA損傷チェックポイント応答(DDR)が活性化し、その状況が解消されずに持続すること、或いはDDRが破綻することが、発がんの前段階として極めて重要と考えられる。細胞株・初代培養細胞・ラット個体などを用いて、これを実証することが本研究の目的である。また、DDR以外に活性化される経路があるかどうかについても調べる。昨年度は、ヒト大腸がん細胞株HCT116を用いて、PhIP曝露によるATM/ATR、Chk1/Chk2、p53、H2AX等のDDR関連因子の活性化(リン酸化)やReplication Stress(複製フォーク停止)の指標であるPCNAのモノユビキチン化やRPAのリン酸化を確認したが、今年度はラット正常大腸上皮の初代培養細胞を用いて、同様のDDR活性化を確認した。さらに両細胞を用いた解析から、PhIP曝露によりAktの活性化(Ser473のリン酸化)及びその下流のストレス応答/アポトーシス関連因子FOXOs、Bim、MnSODの活性化(発現量増大)が認められた。p53やH2AXのリン酸化等のDDR活性化にはPhIP添加後4-5時間必要なのに対して、Aktの活性化は20分程度で起こることから、Aktの活性化にはPhIP-DNA付加体の形成は必要ないことが示唆された。DDRの主要な指標の一つであるp53Ser15のリン酸化はPhIPを除いてから1日で消失したのに対して、p53自体の蓄積(安定化)は2-4週間後の時点でも観察され、興味が持たれた。
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