in vivoモデルにおける皮下腫瘍組織を対象に前年度に実施したマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法による質量分析イメージングにおいて、脂肪酸酸化亢進を示唆する代謝中間体の特徴的な分布が壊死部近傍に検出された。この結果から示唆された低酸素に対するがんの特異な代謝適応の存在について分子生物学的・生化学的検証を実施した。低酸素培養ヒト大腸がん細胞株のトランスクリプトーム解析にて、脂肪酸酸化の代謝関連遺伝子の一部、脂質代謝活性化に関わるPPARファミリー分子により誘導される複数の遺伝子、および心筋に特徴的な細胞骨格タンパク遺伝子の発現が上昇していた。電顕像では低酸素培養したヒト大腸がん細胞株にグリコーゲン顆粒が顕著に観察され、生化学的定量解析でもグリコーゲンが増加していた。脂肪酸酸化の薬理学的阻害実験により、低酸素培養における細胞生存の軽度減少とグリコーゲンの著明減少が認められた。これらの結果から、低酸素環境に対する腫瘍細胞の代謝適応の一環として心筋代謝とのアナロジーが存在する可能性が示された。得られた知見はこれまでに指摘されなかった腫瘍の代謝生物学的側面であり、がんの新たな診断・治療の分子標的となり得る。 ヒトがん手術検体を対象にMALDI法による顕微質量分析では動物モデルと異なり、ヌクレオチド、糖ヌクレオチド、グルタチオン、解糖中間体等、主要基本経路の代謝物の良好なイメージングは得られなかった。原因として、血管の結紮・吻合処置等の切除前後で不可欠な術中手技が虚血性変化をもたらし組織代謝が人為的に変調をきたしてしまうためと考えられた。一方、十分量採取可能ながん生検由来の組織切片では腫瘍組織の代謝の大きな変調をきたす手技が伴わないため、それらの良好なイメージングが得られた。
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