本研究の目的は(1)構造活性相関(QSAR)に基づく抗がん剤の構造最適化、(2)インシリコ解析による標的候補分子の抽出である。中鎖脂肪酸であるデセン酸(炭素鎖10個)との構造類似性より天然脂肪酸であるパルミチン酸(炭素鎖16個)をリード化合物として70種類の誘導体を合成し、ヒト大腸がん細胞株に対する増殖抑制効果を指標にQSAR解析を行った結果、化合物808が最も強い抗がん活性を発揮し、正常細胞への毒性も少ないことがわかった。化合物808の50%増殖抑制濃度(IC_<50>)は5マイクロモル/Lであった。がん細胞が100%死滅する808の濃度においてヒト大腸正常上皮細胞は100%生存した。QSAR解析の結果、飽和直鎖状炭素配列(炭素鎖16個)とアミド結合による側鎖ピペリジン構造が抗がん効果に重要であることを突き止めた。この情報を基にさらに改良を加え、新たに30種類を追加合成し、抗がん活性を測定した結果、化合物903(炭素鎖16個)のIC_<50>が200ナノモル/Lであり、従来型抗がん剤5FUより25倍強い新規抗がん剤であることが新たにわかった。化合物903の毒性に関して、パイロット実験で薬剤を72時間暴露させた場合にがん細胞(HT29細胞)は60%が死滅したのに対し正常細胞(FHC細胞)は90%が生存した。細胞増殖アッセイのデータより化合物903の構造が今のところ最適であると思われた。化合物903の物理化学的特性は脂溶性ではなく水溶性であるため、この物質が細胞表面に存在する何らかの受容体に対して親和性があることが推測された。がんに関連する受容体型チロシンキナーゼを標的候補にインシリコ・構造ベーススクリーニングを実施した結果。化合物903はc-kitチロシンキナーゼのリン酸化ドメインに高い結合性を持つことを突き止めた。これらのエビデンスに基づき化合物808と他2剤の特許審査請求を行った。
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