南極の湖沼は流出入がほとんどなく、動物による環境かく乱や人間活動による汚染もほとんどない。南極湖沼は地球規模の自然界での硫黄循環(サイクル)の過程を理解するモデルとなる「閉鎖生態系」として考えることができる。閉鎖生態系における物質循環を考える上でそれぞれの湖沼における細菌群集構造の違いを知ることは重要である。これまでに南極昭和基地周辺の露岩域に数多く点在する湖沼の網羅的な細菌群集構造解析を行い、塩湖では塩分濃度の薄い上層はRoseobacter sp. とMarinobacter sp. の共通する菌属が確認されるが、Roseobacter sp. とMarinobacter sp. の海洋性の菌属も存在していた。一方、高塩分濃度の下層細菌群集構造は上層に比べてより未知の菌属の割合が多かった。一方、淡水湖はThiomicrospira sp.が優占する。そこで、本研究では淡水湖と塩湖に出現する細菌属の塩基配列を用いて両池に出現する細菌の系統の違いを調べた。 淡水湖のみに出現したThiomicrospira sp. は塩湖と淡水湖に共通に出現するMarinospirillum sp.やMarinobacter sp.に近縁であった。また、塩湖にのみ出現した細菌属はそれ自身を含む単独のクレードに分類され、しかも未培養クローンとして登録されているものが大半であった。このことはこれらの細菌が現在までに培養分離されていない細菌種であるか、もしくは氷河期後に大陸が上昇し取り残された細菌がそのまま南極湖沼において生き続けてきた古い細菌種である可能性も考えられる。今後は、さまざま時期の変化を調べることにより、細菌群集の変化と物質循環に関する研究の端緒となることが期待できる。
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