研究概要 |
西九州,天草下島の富岡湾にある砂質干潟には地下深い巣穴に棲む十脚甲殻類のハルマンスナモグリ(以下スナモグリ)が高密度で生息している.スナモグリ類は大きな基質攪拌作用を有し,干潟のベントス群集の動態や物質循環に影響を及ぼしているが,基質攪拌量の定量的な測定はほとんど行われていない.本研究は巣穴からの砂の排出量に着目し,野外における海水の流動条件の影響を把握し,さらに室内における1回あたりの砂排出量の水温依存性を確かめることを目的とした.さらに巻貝のイボキサゴの浮遊幼生に対する着底阻害作用がどれくらいの個体数密度のとき,いかなる仕組みで起こるのかを室内実験で明らかにすることも目指した.底質に対する海水の掃流輸送能力(底面流速の3次モーメント)は水深が浅い上げ潮時に高値を示し,スナモグリによる砂排出頻度もそれに同調していた.巣穴ごと・10分あたりの砂排出頻度は2.0回であり,10時間平均の4倍であった.室内実験で測定された個体あたり・1回あたりの砂排出量は,春・秋季水温(19℃),夏季水温(28℃),冬季水温(13℃)それぞれで,0.09,0.13,0.07mlであった.室内実験で,スナモグリ密度160m^<-2>以上の区画で稚貝数の割合が対照区の50%に減少した.稚貝に対する砂の被覆実験では,被覆区と非被覆区の生残率に有意差はなかった.スナモグリの砂排出行動がイボキサゴ幼生に与える着底阻害は,砂の被覆による窒息死ではなく,排砂に伴う噴出流に起因する忌避行動あるいは吹き飛ばしであることが示唆された,野外と室内での巣穴ごとの砂排出量の推定値はそれぞれ0.14ml,0.22ml h<-1>であり,室内で推定された阻害機構は野外にも適用できると考えられた.
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