西九州,天草下島の富岡湾にある砂質干潟には地下深い巣穴に棲む十脚甲殻類のハルマンスナモグリ(以下スナモグリ)が高密度で生息している.世界的にスナモグリ類は強い基質攪拌作用を有し,貝類の生息を阻害することがよく知られている.しかし,基質攪拌量の定量的把握は不十分であり,貝類への加害機構も分かっていない.本研究では対象とした貝(巻貝のイボキサゴ)の繁殖期である秋季に,干潟内の波当たりの異なる2地点で,上げ潮から下げ潮までの冠水時に水中ビデオ撮影を行い,巣穴から干潟表面に砂が排出される頻度を計測した.これと同時に,海水の流動条件の影響を波高・流速計の記録から評価した.また,室内水槽で1回あたり噴出量の個体あたり平均値を把握した.その結果,砂排出速度は波当たりの小さい地点で0.15 ml/h・個体,波当たりの大きい地点でその約2倍であることが明らかになった.これらは,底質に対する海水の掃流輸送能力(底面流速の3次モーメント)の最大値がそれぞれ1000 (cm/s)3と2000 (cm/s)3であることとよく対応していた.また,野外での排砂速度は,室内水槽で人為的に巣穴に砂を注入した際に得られた反応速度0.22 ml/h・個体を包含する値であった.これらの結果より,スナモグリは底質の攪乱に起因する巣穴への砂の流入に反応して砂を排出することが強く示唆された.さらに,イボキサゴの着底期幼生を用いた室内実験により,スナモグリによる定着阻害は,砂排出に伴う底面直上水の乱れ面積が容器断面積の20%になると起こることが明らかになった.幼生は,スナモグリの排砂行動に伴う噴出流に対して忌避行動を起こすか,吹き飛ばされることが示唆された.この数値を野外に適用すると,スナモグリの密度が160/m2を超えると巻貝幼生の加入を阻害することになり,これは経験的に得られていた臨界密度をよく説明する結果であった.
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