1.1980年代に北九州市戸畑区で初めて発見されたオオクビキレガイは、2013年現在、熊本、佐賀、福岡、大分、愛媛、山口、兵庫、大阪、和歌山、千葉へ分布を拡大している。遺伝的解析では国内全産地の標本でCOI領域の変異が見られず、北九州市に侵入した個体が各地に拡散したか、日本と同じハプロタイプの個体が繰り返し侵入したことを示唆している。マイクロサテライト解析については、Lance et al. (2010)で開発された15個のプライマーについて、最も機能する最適温度を実験的に確認した。今後、これらのプライマーを使って多型を調べる必要がある。 2.国外における遺伝的分化については、リスボン、マドリード、マラガ、バレンシア、バルセロナ、上海では複数のハプロタイプが見られた。この中で日本と同じハプロタイプは、これまで知られていたポルトガル(アスマール)に加えて、本研究で新たにマドリード、バレンシア、バルセロナ、及び上海で見られた。日本と共通するハプロタイプはイベリア半島南部に面的に分布しており、これら地域または中国のいずれかからごく少数個体が日本へ侵入したと思われる。 3.オオクビキレガイの体色、足の裏の色については、頭部及び足の裏それぞれに黒いものと白いものの2型があることが分かった。 4.オオクビキレガイでは他の有肺類と異なり、自家受精による繁殖成功率が他家受精並みに高い。野菜・花苗の交換や引っ越し等による非意図的人為拡散によって少数個体が未分布地へ運ばれ、自家受精により個体数を増やすという生殖戦略が、現在の分布域の急激な拡大をもたらした。 5.在来の生態系への影響については、福岡県北九州市藍島の現生陸生貝類相の把握を行った。現在、島内でのオオクビキレガイの分布は2か所の港周辺の荒地・草地に限られ、港から離れた畑や海岸林への侵入は見られない。影響の把握のためには継続観察が必要である。
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