線虫は線形動物門に属する動物で、地球のあらゆるところに生息している。線虫の中でもCaenorhabditis elegans (C. elegans)は体長が1 mmほどしかないが、表皮、筋肉、神経、消化器官、生殖器官という動物に必要な最小限の体制をもち、分子遺伝学的解析技術が確立されていることから、さまざまな生命分野のモデル動物として確固たる地位を確立している。 C. elegansは餌が不足するような環境が悪化すると、正常発生から外れて耐性幼虫と呼ばれるステージに移行する。耐性幼虫に餌を与えると正常発生に復帰する。耐性幼虫の期間中のどの時点で復帰させても、正常発生後の寿命が変化しないことから、耐性幼虫のステージをnon-aging stageと呼んでいる。耐性幼虫にX線を照射し、餌を与えて正常発生後の寿命を測定したところ、予想に反して寿命の延長が観察された(放射線ホルミシス)。これは高線量の放射線に対して誘導された防御機構が放射線傷害のみならず、自然に生じた傷害も同時に修復したことを示唆している。これまで高線量照射が生物にプラスの効果をもたらすことを示した報告はなく、この防御機構を研究することで、これまで知られていなかった高線量の放射線に対する生物の耐性のメカニズムを明らかにすることが可能となると考え、この放射線ホルミシスに介在する遺伝子特定のために網羅的解析をおこなった。 その結果、放射線照射したC. elegansで、代謝制御・ストレス応答に関するシグナル伝達酵素群・抗酸化系酵素群・ペプチダーゼ・プロテアーゼ酵素群・細胞骨格構築蛋白質群・自然免疫応答遺伝子群などの遺伝子に発現上昇が見られた。この中で、転写因子であるmxl-3が介するシグナル伝達系が放射線ホルミシスに関与していることを突き止めることができた。
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