研究概要 |
生体反応を司るタンパク質は熱ゆらぎや分子内および分子間の相互作用の変化を伴うゆらぎを受けて機能している。膜タンパク質の場合,そのタンパク質が受ける相互作用には膜からの相互作用も含まれるため,水溶液中で働くタンパク質が持つゆらぎとは大きく異なる。本年度は質量分析法を用いて膜貫通ヘリックスのゆらぎを解析した。 一般に質量分析法は質量情報しか得ることができないが,質量分析法を有機化学的な手法と組み合わせることで分子の性質を変えずに構造情報やゆらぎの情報を得ることができる。本研究では質量分析法にN-hydroxysulfosuccinimidyl acetate (NHSSAc)を用いたアセチル化修飾法を組合せることで,膜上における構造(膜トポロジー)とそのゆらぎ(膜内ダイナミクス)を解析した。生体膜のモデルとしてボスファチジルコリンにより構成されたリポソームを作成し,これにメリチンを加え,NHSSAcによりアセチル化した後,MALDI-TOF質量分析計によりMS測定した。その結果,m/z2888に新たなピークが観測された。メリチンの分子量は2845であるので,m/z2888は1ヵ所アセチル化されたメリチンのプロトン付加分子に帰属された。この1ヵ所アセチル化された部位を同定するために,MALDI-QIT-TOF質量分析計を用いたMS/MS測定した。その結果,そのアセチル化部位は主鎖のアミノ基であることが示された。これらの結果から,メリチンはリポソームに埋まるときN-末端を膜外に向けた構造をとることが明らかになった。 次にメリチンの膜内ダイナミクスを調べるために,リポソームに埋まったメリチンを室温で経時的にアセチル化した後,MALDI-TOF MSでMS測定した。その結果,アセチル化の速度は一次反応速度に従っており,反応速度定数は4.83×10^<-4>s^<-1>であることがわかった。また,リポソームに埋まったメリチンのアセチル化の活性化エネルギーは74kJ/molであることも示された。以上の結果から,メリチンはN-末端を膜外に向けた状態で垂直にゆらいでいると考えられ,このメリチンのダイナミクスは相互作用している脂質のゆらぎを反映していることが示唆された。
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