近年、炭素や窒素、あるいは硫黄の安定同位体比から、食物網構造を探る試みが盛んに行われている。例えば、基底種(一次生産者)と最高位捕食者の窒素安定同位体比を比較することによって、食物連鎖長(食物網の高さ)を推定することができる。しかし、食物連鎖長を推定するだけでは、食物網の内部構造を明らかにできない。一方で、ある特定の消費者とその餌種だけに注目した場合には、消費者と餌種の安定同位体比から各餌種の貢献比率を統計的に推定する方法(混合モデル)は既に確立している。しかし、従来の混合モデルでは食物網の全体構造を定量的に推定できない。 そこで本研究では、胃内容分析や糞分析、文献調査等から得られる食物網構成種の間の食う-食われる関係の有無を0(無い場合)と1(有る場合)で記述した二値食物網データと、食物網構成種の安定同位体比データを取得することによって、その食物網における全ての消費者について異なる餌資源の貢献比率を同時に推定するベイズ推定モデルIsoWebを開発した。従来の混合モデルでは、餌種の安定同位体比の事前分布が無情報(試料の値だけに依存する)と仮定されている。これに対してIsoWebには、この事前分布が餌種の餌種(餌種が消費する餌資源)の安定同位体比によって規定されるというプロセスが明示的に組み込まれている。 さらに、仮想食物網データを用いたIsoWebの推定精度の検証および実データへの適用を行った。その結果、IsoWebは現実的な構造やデータの不確実性をもつ食物網において、各餌資源の貢献比率を十分な精度で一括して推定できることが示された。また、野外データにおける食物網構成種や相互作用関係の見逃しなどの不確実性に対しても頑健な推定ができることを示した。さらに、統計的なモデル選択の手法を活用し、安定同位体比データにもとづいて妥当な食物網構造の選択が可能なことを示した。
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