本研究の目的は、被差別部落の門付け芸である「阿波木偶箱廻し」とスペイン・バスク地方の被差別民アゴテ出身の彫刻家・サビエル・サンチョテナの調査を主要な対象として、伝統文化を現代化する試みが地域社会の活性化に与える影響を考察することである。平成22年度は、日本国内では芸能研究の沿革をフィールド・ワークで確認し、スペインでは文化創造の核心における工夫や葛藤に焦点をあて、それらが地域社会にもたらす相関関係の把握をめざした。まず大阪人権博物館において被差別民の芸能研究の沿革調査をおこなった。次に、愛知県奥三河の花祭りの調査と岩手県平泉市毛越寺の二十日夜祭と摩多羅神の秘儀の見学・調査をおこなった。これは民間芸能・被差別民の芸能のルーツの一部である竜王信仰と摩多羅神信仰の現在のあり方を理解することが目的であった。同時にそれらの伝統文化の継承の条件を探ることを目的とした。さらに、調査過程で島根県の芸能民・大黒人(大黒舞)が阿波を門付けの範囲としていたことが判明し、人形廻しとの関わりを知るために、島根県での調査をおこなった。スペイン・バスク地方のサビエル・サンチョテナの調査では、アゴテの集落でのフィールド・ワーク、サンチョテナ美術館の調査とサンチョテナ氏に対するインタビュー、文献調査をおこなった。これによって被差別民アゴテの住民の歴史と現在についての概観と、移動する土木・建築技術者であったアゴテの側面について、新たな知見を得ることができた。さらに、サンチョテナ氏の彫刻作品を氏自身に解説してもらい、伝統文化と現代芸術の融合という工夫を考察した。さらに、これらの調査経過を踏まえ、部落問題・人権研究所の歴史部会で「〈黒い翁〉の発見」と題した報告を行い、また、「靖国・天皇制問題情報センター通信」100号~105号(平成22年10月~23年3月)に調査経過について、計5回、文章を寄稿した。
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