今年度は、先行研究のレビューにもとづき、ロシアにおける経済システムの転換と労働者のモチベーションの変化との関係を検討するための分析枠組みを構築した。 まず、先行研究の整理によって、ロシア企業の労働者一経営者関係としてパターナリズムが支配的であることを確認した。このことはロシアの労働者のインセンティブを検討する上で基本的な視点を提示するものである。次に、体制転換と生活変化の方向性との関係について検討を加えた。体制転換にともなう生活の変化を、市場、国家、伝統的要素という3つの要素の相互作用によってとらえ、生活様式の市場経済化が進む一方、国家および伝統的要素も相対的に強い影響を与えており、生活の市場経済化による労働者の生活への強いインパクトを阻止していること、労働者の生活に対する市場経済化の影響は限定的であることを示唆した。さらに、このことは、生活の安定性を高めることにより労働者の労働インセンティブを強化する方向に作用するが、同時に、大きな社会変動にもかかわらず人々の生活に大きな影響が生じないという意味では労働インセンティブを低下させることにもなる点を指摘した。 このように、今年度の研究は、生活面を中心に労働者のインセンティブを考える枠組みを検討し、一定の分析枠組みを構築した点で重要な意味をもつと考える。また、学会報告および論文執筆により研究成果も公表している。次年度以降の課題として、国家が果たす役割を具体的かつ実証的に明らかにすること、現地調査にもとづき労働者のインセンティブの所在を実証的に明らかにすることが挙げられよう。
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