今年度は、前年度までに構築した経済システムと労働インセンティブの変化との関係についての分析枠組みをさらに精緻化するとともに、日本とロシアにおける労働インセンティブの特徴を多様な資本主義像およびそこでの労働インセンティブのあり方との相関において捉え、研究の総括をおこなった。 まず、昨年度に引き続き、日本とロシアの労働インセンティブの特徴を比較検討し、以下の二点を明らかにした。第一に、過労死が社会問題化するほどに自らを追い込む日本の労働者の状況と、勤労意欲の低さ、非公式経済に逃避するロシアの労働者の状況は対照的であること、第二に、労働モチベーションを規定する要素として、社会の価値観やライフスタイルが与える影響が無視できないこと、である。とくに後者について、日本では、階層別ライフスタイルに自足する通念がなかったことが階層を問わず家族の生活のために積極的かつ必死に働くという労働観を生み出したと考えられ、ロシアでは、平等性を重視する価値観が有期労働者比率の低さや同一労働同一賃金の普及を通して、独自な労働のあり方を規定したと考えられる。 さらに、多様な資本主義像およびそこでの労働インセンティブのあり方を考慮することによって、以下の二点について示唆を与えた。第一に、ロシアおよび日本の労働インセンティブは、欧米の資本主義およびそこでのインセンティブのあり方と比較した際に相違がきわめて大きいと考えられるが、同時に、そこには独自な社会制度や価値観を反映した合理性が観察されること、第二に、労働インセンティブのあり方を軸に比較資本主義分析が可能になることであり、その際、社会の有する価値観が中心的な意味をもつと考えられることである。 以上の研究成果は学会報告等により公表している。
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