本研究は、シンガポールで1956年に開学し、1980年に閉鎖された南洋大学という私立の華語大学(標準中国語で教育を行う大学)の25年の歴史を、多民族多言語国家シンガポールの国民統合政策との関連で論じたものである。 大学の25年の歴史は、数では圧倒的に英語派に勝るものの、政治権力からは遠かった華語派華人が英語派との抗争の末に社会の周辺に追いやられていく過程であり、権力の側から見れば、多民族多言語の社会において民族の言語や文化をどのように政治的に管理するのかという政治と言語の葛藤の歴史である。この視点で分析することによって、シンガポールが自治から独立に向かう時期の華語派華人とイギリス植民地権力、英語派華人や非華人との対立を明らかにし、また、独立国家としての国民統合政策の変遷のなかで、南大の位置づけを明確にすることが出来た。 本研究は、さらに、1980年以降シンガポールの歴史から姿を消してしまったかのようにみえた南大が、1990年代になって復校・復名運動を通して蘇ったことの意味とその限界を、シンガポールの国民統合政策との関連で分析している。 南洋大学について論じることは、長い間シンガポールではタブーであり、まとまった研究はほとんどない。本書は初の本格的な南洋大学研究となるであろう。
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