ジェンダー規範の撹乱が第一次世界大戦時のイギリスにおいてどのように行われたかを研究した。前線で勇敢に戦う男という規範的イメージが、戦場を体験した将兵=作家の記録によってつきくずされ、銃後を守る女、兵士を生む母親という期待される女性像が、戦場に赴いて男と同じように痛みを体験した女達の物語や手記によって解体されていったことを考察した。 研究代表者は、時間的な制約からまだ発表をしていないが、戦場に女を向かわせるイデオロギーと戦場でのジェンダー規範の無効化を含む論文を準備中である。現在博士学位論文を執筆中の研究分担者は、男性像の規範の消滅-再生について以下のように、成果を発表している。 大戦の文化的記憶の中では、男性の大戦経験は、「塹壕に閉じ込められた無力な犠牲者」として記憶されている。「シーグフリード・サスーンと二度の世界大戦」において、その記憶の中心を占めるシーグフリード・サスーン自身が語る記憶の変遷を分析した。さらに、「能動的殺人者としての兵士像」では、多くの兵士が語ることを忌避する、敵を殺すという行為を、フレデリック・マニングが、エピキュロス主義と結びつけることによって消化する過程を考察した。それによって兵士個人の記憶と、文化的記憶との間にある差異を研究した。また、大戦初期に女性が行ったとされる、兵役に就かない男性に対し臆病者の象徴である「白い羽根」を手渡す運動を分析した。その運動が当時のメディアで繰り返し報道されることによって生じた臆病な男性像の消滅を分析した。 戦中・戦間期の文学、文化、社会、メディアをジェンダーの解体という視点から読み直そうとした本研究は、第一次世界大戦学とジェンダー研究に一石を投じることになるだろう。
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