初年度は、ブレンターノによる倫理学と判断論にかかわる著作と、それらについての研究文献を収集して検討した。収集と検討の手引きとして、ムーアがみずからブレンターノの影響下に著述したとしている『倫理学原理』とそれについての研究文献を参照した。『倫理学原理』がどのようにブレンターノの問題を引き継ぎ、ムーア自身の問題として、その倫理学説を展開したのかを考察するための準備作業として、ブレンターノの道徳認識論を解明することをめさした。 その結果、ブレンターノの判断論と真理論にかかわるC.Parsonsの論考や、価値理論へのブレンターノの貢献について検討するR.M.Chisholmの著作、ブレンターノの判断論を論理学史の文脈において考察したP.Simonsの論文、ブレンターノの倫理学の発展についてのL.McAlisterの研究、ブレンターノ存在論をめぐるA.Chrudzimskiの研究などを収集することになった。これらの仕事を参照し、ブレンターノの論理学や判断論がムーアの倫理学の枠組みにどのように関連しているのかを研究するための前提条件を整えた。 こうした先行研究を総合的に検討しつつ、ブレンターノとムーアのテキストを吟味することによってはじめて、英国新実在論が成立するにあたって重要な役割を果たした、『倫理学原理』の倫理学説と、それを支えた判断論の理論的背景を明らかにすることが可能になる。こうした作業を通じて、英国新実在論の成立史を新しい視点から書き直して・現代の哲学と倫理学のあり方を再考する材料を提供することに寄与できる。
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