ラッセルやムーアに代表される20世紀初頭の英国のいわゆる新実在論を、ブレンターノやマイノングに代表されるオーストリアの実在論との影響関係を軸に検討した。 そのための具体的な方法として、当該年度には、ムーアがドイツ語の哲学書ないしドイツ語の哲学書の英訳本について著した書評を吟味した。それによって、ムーアが自己の倫理学と実在論的哲学の形成過程にあって、どのようにドイツ語圏の哲学を摂取したのかをさぐるためである。 とりわけ、ディミトリ・ミハルチェフの「哲学研究」に着目した。それは、ミハルチェフ自身が、みずからが倫理学研究を進めるなかで実在論的な哲学を構築することになったと述懐しているためである。ムーアもまた、倫理学的な関心に導かれて実在論の建設へと歩を進めたはずだからである。ムーアに対してミハルチェフの哲学が与えた影響を解明することは、英国新実在論の成立過程をたどるために必要であるばかりではなく、倫理学と実在論との相互関係という、現代の倫理学と哲学にとっての重要な問題を考察するための重要な資料を準備することにもなるだろう。 当該年度には、ミハルチェフの著作について、その実在論的な哲学の構築が、どのように倫理学的な問題意識と接続しうるのか、という観点から読解を進めた。 いっぽうで、ブレンターノの「道徳的認識の源泉」を、ムーアの書評を念頭に再検討し、オーストリア実在論がムーアの倫理学与えた影響についての考察をさらに進めた。
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