本研究計画では、近現代のロシア哲学・思想における存在論的な観点からの意識ないし知性の理解のあり方と、それに関連した倫理的関心のあり方を解明することを目的としている。今年度は主として資料調査とそれらの予備的な考察を行った。まず、資料調査としては、9月にロシア連邦モスクワ市のロシア国立図書館で資料調査を行った。この時にはモスクワ大学アジア・アフリカ言語校で大学院生を対象とする関連講義も行った。また、3月にも同地で補足的な調査を行った。 得られた資料の予備的考察として、メラブ・ママルダシヴィリ(1930-90)の70年代から80年代にかけての論考「知識という出来事についての空間的・時間的現象学に寄せて」の読解と分析を行った。旧ソ連時代にはマルクス主義的な史的唯物論の考え方から、歴史的事象には一定の物質的基盤に依拠した必然性があるという観点が取られる傾向がある。しかし、ママルダシヴィリは科学的な発見のような知識の獲得をこうした必然性によって説明することでは不充分であるとし、科学的発見の一回性、すなわちそれまで存在しなかった知の配置が生じたことの意義を重く見ている。そして、それを「自由」とも表現しているように、ある特定の個人という存在において特異的な知の発生が生じることを重く見ている。実際の表現は極めて晦渋であるが、こうした論点を個人という存在の超越的契機と合わせて考えようとしているという点でソ連時代には否定的に捉えられる傾向のあったデカルトやカントにおける個の存在という問題に立ち返ろうとしたと考えられる。次年度以降には、こうした試みがどのように展開したかを検討したい。 研究成果としては、本研究計画でも分析対象としているA.F.ローセブのエイドス論について、これまでに蓄積した検討に依拠する論文を3本、また関連研究を含む学会報告2本の成果を挙げた。
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