まず文献研究については、初等中等教育から高等教育に至るまでその能力育成の必要性が指摘されている「クリティカル・シンキング」に関わる教材やその理論的背景となる文献の収集と分析を行った。固定化された視点から対象を考察するのではなく、様々な文化的事象やテキストを多様な視点から「批評」的に「読む」ことを求める「クリティカル・シンキング」は、西欧における近代科学革命や啓蒙思想にその理論的起源をもつが、同時に非西欧圏の文化のなかにも同様の多様性志向は多く見られ、その意味で国境を越えた普遍性を有している。特にこのうち、インド的文脈から出発し、従来の義務論的正義論にとらわれず、帰結主義、民主主義等の諸要素を包括したいわば「批評」的正義論を提起しているセンの議論については、批評理論等に関する研究会おいて予備的な発表を行った。 また実地調査については、「クリティカル・シンキング」の育成に焦点をあてた広島大学附属福山中・高等学校の教育研究会に参加し、社会科の授業のなかで生徒に「批評」的態度を形成する授業の組み立て、教材の取扱いについて、宗教改革における主な論争の整理の仕方に即して重要な知見を得ることができた。また東京学芸大学国際教育センター主催の「多文化共生フォーラム」に参加し、高校段階での道徳教育の役割を期待されている「市民科」カリキュラムのなかで、人権教育としての多文化共生教育とは相対的に区別される「多様な視点の形成」という教育目標のなかで「批評」的実践が重要な位置づけを与えられていることについていくつかの具体的授業的展開に即した情報を得ることができた。
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