ガレノスの認識論、自然学、倫理学に焦点を合わせ、古典期・ヘレニズム期にわたる古代ギリシア哲学の歴史を見直そうとする本研究において、2010年度は、ガレノスを取り巻く思想的状況に焦点を絞った。 1. 前半は、ガレノスと同時代のセクストス・エンペイリコスによる自然学批判、倫理学批判の検討に集中し、哲学者にして医者である点でガレノスと共通するセクストスにとって、当時のコスモポリタニズム的状況のもと、魂の治療者としての哲学者の自覚が、「よく行為すること」から「無動揺」への幸福概念の転換と大きく関わっていることを明らかにした。 2. 後半は、アリストテレス自然学の研究を通して、ガレノス自然学の基本概念について検討した。とくに構成要素、接触、混合、作用、被作用の概念が自然学においてもつ重要性を、アリストテレス『生成消滅論』を通して明らかにした。 3. また8月2~7日には、研究代表者は、東京で開催された国際プラトン学会(主題『国家』)に出席し、ガレノスの魂論形成に大きな影響を及ぼした『国家』の魂論に関わる諸研究に接し、ガレノスが重視する情動制御の問題について次の知見を得ることができた。(1)プラトンにも「無動揺」的な幸福概念が認められる。(2)それを可能にする主導的な理性とは、現代のわれわれが考えるreasonとはかなり異なる。(3) プラトンも含めて古代の情動制御には、現代のマインドフルネスに通じるような志向性が認められる。 4. また同プラトン学会においては、長年の親交を有するケンブリッジのバーニエット教授、スコフィールド教授、カリフォルニア・バークレーのフェラーリ教授だけでなく、多数の優れた学者と出会い、将来の研究交流に向けてのよき基盤を築きえた。
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