研究概要 |
初年度の今年度行ったことは、大きく二つに区別できる.一つは、クワイン以後の「意味の全体論」の代表者の一人であるデイヴィドソンの真理条件意味論と、これに対する代表的な批判者であるDummettの主張条件意味論、および分子論的意味論を詳細に検討したことである。この検討は大学での一学期の講義の内容の中心部分であり、その成果は講義ノートとして入江のHPにupしている。これによって,Brandomの意味の全体論を理論的に検討する準備が整った。彼は、「語の意味は使用である」というWittgensteinの主張を受け入れる点で、Dummettと同じである(ただし、ダメットが命題の証明や検証の条件として意味を考え、Brandomは、命題から帰結するコミットメントによって意味を説明する)。またBrandomは、Dummettと同じくDavidsonの真理条件意味論批し、プラグマティックな意味論を主張する。しかし、Brandomは、Dummettと異なり意味の全体論を主張する。Brandomのこの意味の全体論の背後にはSellarsがおり、さらにその背後にはバースやデューイのプラグマティズムがあり、さらにその背後にヘーゲルの影響がある。現代の意味の全体論者が、ヘーゲル哲学を再評価する思想史的なつながりは明らかになった。(この再評価の理論的な吟味は次年度に行う予定である。) 二つ目の成果は,道徳的判断の分析と他者の欲望の模倣の分析である。意味の全体論が正しいかどうかという問題は、分析哲学では、何よりも意味論や認識論の理解にかかわる理論的な問題であり、実践哲学の領域で考えられることはほとんどない。しかし、ドイツ観念論では、意味の全体論は,実践的な態度や規範の理解と深く結びついている。この論点は、ドイツ観念論から現代分析哲学に貢献できそうな点である。今年度は、まだこの論点の研究の端緒をつかんだというにとどまるが、今後の展開の見通しを得ることができた。分析哲学の立場からドイツ観念論を両評価している哲学者としてBrandomと並んで重要なのはMcDowellであるが、彼は事実と価値の二元論を批判して道徳実在論者を主張する。南山大学での発表では、この道徳実在論とドイツ観念論の道徳論(特に他者承認論)との論証の類似性を明らかにすることができた。国際基督教大学での発表では、他者の欲望の模倣を分析したが、この分析もまた他者承認論にも関係を持つ。今回は、その関係にまでは考察を展開することはできなかった。後者の英語の発表は論文として公表した。また前者のドイツ語の発表もHPにupの予定である。
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