本年度の第一の成果は、ガダマーの言語論を、メルロ=ポンティの思想によって再検討したことである。ガダマーの主著『真理と方法』第三部の言語論は人間にとっての言語の本質性を主張しているが、しばしば指摘されるように、言語に関する具体的な分析は少なく、また、言語化されない事象と言語との関係については主題的に解明されていない。この二点に関して、中メルロ=ポンティの言語論を援用して解明を行った。メルロ=ポンテイによれば、ある言語体系は示差的な相互共存的なシステムであり、このシステム内の脱中心化と再中心化によって言語の変化が概念的に把握されるが、これは、ガダマーの「地平融合」についての具体的な解明となっている。また、言語における創造性に関するメルロ=ポンティ思想に基づいて、非言語的な事象の言語化に関する解明の基礎が示された。これらの成果は、論文「理解について」(『看護研究』所収)の後半部で発表された。ガダマーとリクールならびにデリダとの関係の研究はしばしば行われているが、メルロ=ポンティ思想との詳細な比較検討は初めてであり、ここに今年度の研究成果の独自の意義が存している。 第二の成果は、ガダマーの解釈学を、看護学における質的研究の基礎理論として提示したことである。(量的研究が主流である)看護研究において、質的研究は「主観的」でありぐ一般化不可能であるとみなされてきたが、ガダマーの「理解」や「適用」も「伝統」ならびに「言語」の概念を用いて、質的研究の正当性の基礎を明らかにすることができた。この成果は、前掲論文「理解について」の前半部と、論文「現象学的看護研究の基礎的考察」(「医療・生命と倫理・社会』所収)で発表された。ガダマー思想によって看護学における質的研究の正当性を示そうとした研究は、本研究が最初である。 なお、(本研究の第三の目的である)哲学的対話の調査研究と分析は現在進行中である。
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