本年度の研究目的は、「患者の人権」「自己決定権」「患者と医療者の間の信頼権関係」「医療資源とリスク配分の正義」などの倫理的価値はどのように取り扱われているのかという現状分析を行うことであった。 本年度は、生殖医療の意思決定において発生する倫理的価値の対立に着目し、その複雑な構造を分析した。また、難しい意思決定の構造分析において、関係者の思いや意見の背景にある理由(インタレスト)を深く分析するための「理由の来歴」という概念を導いて、この概念について研究し、その成果を第29回日本医学・哲学倫理学会で発表した。また、これらの研究成果をまとめた『産科医療と生命倫理-よりよい意思決定と紛争予防のために』(昭和堂)は、2011年4月に刊行の予定である。医療と合意形成の関係については、『合意形成学』(勁草書房、2011年4月刊行予定)に寄稿した。 医療・看護領域での現場での倫理的価値の対立の解決の方法については、合意形成の観点から検討しつつ、医療現場の倫理教育の設計のあり方についても考察した。その成果は、第12回日本感性工学会で発表した。 なお、複数の医療機関から倫理研修の依頼を受け、本研究の成果を踏まえて研修プログラムを組み、医療者に対する生命倫理・医療倫理・看護倫理の教育・研修を実施する一方、その方法論の構築の必要性を認識した。 終末期医療、看取りの準備教育と合意形成との関係について関係者との意見交換を深め、生命に関わる倫理的価値構造の研究の視野を生殖と誕生から終末期の死、および災害や交通事故などの不慮の事故による死へも広げ、ライフサイクル・ライフステージの観点、および生命に対する多様なリスクとそれへの対応を「医療空間マネジメント」の観点から考察する必要があるということを認識し、この観点を「包括的ウェルネス(空間および平常時と非常時の時間を包括的にマネジメントするための考え方)」として展開する展望を得た。
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