本研究の課題は、フッサールの身体論の変遷と転回をたどることであり、特に彼の中期から後期・最晩年にかけての身体論がいかなる内在的動機付けに基づいて転回したのかを明らかにすることである。さらに身体に関わる事象で、その身体機能が発揮される条件としての世界の位置づけを、彼がどのように捉えなおしたかを辿ることである。この課題を達成するため、この分野のフッサールの遺稿がなお出版されていないという事情もあり、フッサール文庫に出向いて、資料収集にあたった。 その資料を中心に、1920年代以降の『相互主観性』や『危機』草稿などを手がかりとして、彼の身体論の要であるキネステーゼ概念ばかりではなく、零点、領野、感覚態、器官といった身体に係わる概念にも注意を払い、その変貌するプロセスを明らかにしていった。また身体論において特徴的に語られる、たとえば右手と左手とが接触するという自己接触現象にかんして、フッサールはたびたび分析を試みているので、その分析における彼のさまざまな議論を捉え直して、そこに含意する世界の開示と自我機能とを浮き彫りにしていった。それとともに、いろいろな現象学研究者がこの自己接触現象にかんして多様な解釈をなしているので、フッサールの思想の変遷に即して、あらためて検討・吟味した。以上の成果の一部については、口頭発表「フッサール身体論と心身二元論」によって示した。また資料収集に関しては、身体に関わる遺稿以外に、像問題に関しても留意して、自己身体イメージの形成と、そのイメージがいかに自我意識に寄与するのか明らかにした。これにより今後身体機能と自我機能との分析に関する進むべき一方向を示した。
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