「春秋左氏経が原左氏伝から抽出・編作を基本的方法として制作された」との本研究の仮説によると、左氏経文については、(1)抽出文、(2)抽出的編作文、(3)編作文(他資料をも援用)、(4)無伝の経、という四種のカテゴリーによってその全てが分類しうる。平成22年度においては、荘公期、襄公期、昭公期、哀公期の各年代記の経文をこの四種に分類し、その様相を精査することから、作経の原則とメカニズムを解明してきた。まず各年代記の経文についての四種のカテゴリーによる分類一覧表を作成し、哀公期については経と伝との対応記事譜を作成し、これらを既に明らかにした隠公期の考察の結果とも照合したうえでの分析と考察について、二度にわたり研究発表をおこない、また一編の論文として公刊した。 今年度の研究において特筆すべき成果は、第一に、上記各年代記の左氏経文の四種のカテゴリーの分類一覧によると、(1)抽出文+(2)抽出的編作文が経文全体の31~63%、これに(3)編作文を加えると全体の47~81%を占めることを明らかにした。これは、本研究の「春秋左氏経が原左氏伝から抽出・編作を基本的方法として制作された」との仮説に動かしがたい論拠を提供するものといえる。第二には、上記年代記に19~53%の比率で存在する(4)無伝の経については、i他資料による作経、ii原左氏伝からの切り取り抽出による作経で伝文に痕跡が無くなったもの、iii編作者の創出による作経、の三つの場合が想定される。そのうえで無伝の経は左氏経の作経に不可欠の重要な役割をなしていること、つまりこれら無伝の経を配置することによって、周王の暦による春夏秋冬の記事配列や、夷狄に対する中国の天子の礼秩序などを経文に体現しようとしていることである。原左氏伝からの抽出・編作とあいまってこの無伝の経を配置することによって、その作経の意図を達成せんとしたものと位置づけられるのである。 即ち、原左伝からの抽出・編作を基本構造としつつ、無伝の経の配置を補完構造として、左氏経文の作経がなされたという、作経メカニズムの構造の概要が今年度の研究によってほぼ見通されたといえる。
|