本研究は「春秋左氏経文は原左氏伝(今本左伝の解経・凡例等を除いた部分)からの抽出・編作の手法により制作された」との吉永の仮説のもとに春秋二百四十四年の全経文について検討して、その作経メカニズムを解明せんとする。この仮説では、全経文は次の四種のいずれかに分類し得る。①抽出文(原左氏伝からの抽出)、②抽出的編作文(原左氏伝から抽出して編作)、③編作文(原左氏伝と密接に関係するが他史料の援用により編作)、④無伝の経文(i原左氏伝からの切り取り抽出、ii他史料の援用、iii編作者の創作、の三ケースのいずれかにより成立)の四種類型文である。 本年度は『春秋左氏経文の原春秋左氏伝からの抽出・編作とその作経メカニズムの研究―春秋二百四十四年全左氏経文の抽出・編作挙例と左伝文(上)―』(私家版、(株)秋田活版印刷印行、平成25年3月)を上梓し、以下のことを明らかにした。 1、春秋前半の六公百十四年間の全経文(795条)の四種類型文の分類状況は、①抽出文23.9%、②編作文25.9%、③編作文17.7%、④無伝の経文32.5%であり、抽出系(①と②)49.8%、編作系(③と④)50.2%となる。これは本仮説を傍証する客観的論拠を提示する。2、本仮説は編作系経文に他史料(諸侯の策、魯の宮廷記録、世卿の族譜等)の援用というミッシングリンクを内包するがトータルには春秋経文の成立メカニズムを合理的に説明しうる。3、具体的作経原則としては「四時記載法」「踰年称元・正月即位法」「天子の事」「名の筆法」などについて明らかにした。4、本研究により、原左氏伝→左氏経という時系列的展開の不可逆性が論証された。5、原左氏伝と春秋経の関係は『資治通鑑』と『資治通鑑綱目』との関係に比定される。 以上の成果は、吉永の仮説の有効性を論証し、以て春秋経成立問題に関する従来の通説的観点にコペルニクス的転換を齎す画期的意義を有する。
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