研究概要 |
論文「クマーリラの寛容論」は,聖典解釈学者クマーリラが『マヌ法典』の法源論を応用して,競合するヴェーダ諸流派に対して寛容の精神で臨むよう説いていることを解明した。「名前が同じ祭式は流派を通じて同一であること」を論ずる中で,クマーリラは,自流派への所属意識と他流派が伝えるヴェーダ文献の尊重を共に重要視し,また法典の文言をヴェーダとの一致により権威付けることを論ずる中で,ヴェーダの文言は『マヌ法典』が挙げる第一の法源であるが,自派には伝わらず他派に散在しているヴェーダの文言もあるのだから,他流派のやり方を一概に批判すべきでないとしたことが判明した。論文"Tradition and Reflection in Kuma-rila's Last Stand against the Grammarians' Theories of Verbal Denotation"は,「虚偽を語ってはならない」というヴェーダの文言が,祭式儀礼の一つとして祭式中の真実語を命ずるものであり,『マヌ法典』4.138にある「真実を語るべし」という日常生活規範の反復ではないことをクマーリラがいかに証明するか,またその証明にはどのような問題点があるかを解明した。論文「中世初期における仏教思想の再形成-言説の理論をめぐるバラモン教学との対立」は,6-7世紀における仏教思想とバラモン思想の理法(dharma)をめぐっての対立を概観し,『マヌ法典』の作者マヌの権威は,ヴェーダとプラーナ文献の中に,理法を世に告げるべき者としてマヌの名が挙げられているからとするのを見出した。東芳学会での概究発表「法源論から見たクマーリラの(大乗)仏教批判」は,『マヌ法典』が挙げる4つの法源,即ち啓示聖典,編纂聖典,良き人々の慣行,自己の満足のそれぞれにおける理法の根拠付けの仕方が,仏教思想とどのように対立するのかを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
『マヌ法典』註釈と聖典解釈学での法源論が仏教思想とどのように対立するかの研究がほぼ完了し,その成果も発表できた。さらに,『マヌ法典』註釈の法源論と聖典解釈学の法源論との間にどのような相違があるかを解明した論文を書き上げた。これはJohannes Bronkhorst教授記念論集への寄稿論文として,平成24年度中に出版される予定である。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年6月2日・3日に東北福祉大学で開かれる第54回印度学宗教学会学術大会と,平成24年6月30日・7月1日に鶴見大学で開かれる第63回日本印度学仏教学会学術大会において研究発表を行なう。印度学宗教学会学術大会では,聖典解釈学者クマーリラが第一法源であるヴェーダのうちサーマヴェーダの意義をどのように考えているかを,また印度学仏教学会学術大会では,『マヌ法典』註釈家のうちバールチとメーダーティティが,そもそも社会において法を守り行動することにどのような意義付けをしているのかを発表する。平成24年度は本研究の最終年度であるので,夏以降は,これまで行なった研究を総括して,年度末に研究成果報告書を作成する。
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