本研究では、キリスト教成立以来語られてきた「神と人間が一致する」というギリシア教父のテオーシス(人間神化思想)の言説に注目し、「神人合一」を説くドイツ神秘思想の教説を、教義上神であると同時に人であるとされるイエス・キリストを画いた「キリスト図像」を手がかりにして、その意味を探った。 調査の結果きわめて特殊な二種類のタイプのキリスト図像があることがわかった。一つは「葡萄搾り機の内に立つキリスト図像像」(葡萄搾り機の中でキリストが梁を背負って立ち、五つの傷口から血を噴き出している図像)であり、もう一つは「薬剤師キリスト図像」(薬局の内に立ち薬剤を調合するキリスト図像)である。これらの詳細な解析の結果、とくに「ブドウ搾り機の中に立つキリスト図像」がホスティア(聖餅)の形象を伴っていること等の分析から、位格的結合unio hypostaticaの教義にのっとってはいるが、キリストの人間の身体と不可分なペルソナに焦点を当てた受肉理解であるのに対して、エックハルトの受肉理解は人間的ペルソナ否定において、位格的結合の可能性と実現が万人に開かれた救済論的メッセージであることが確認された。また「父から子の誕生」という神学的テーマが、ラテン語著作において「始原」と「始原から生みだされたもの」という「本質的始原論」の論理構造に従って、「義」(神の完全性)からの「義なる者」(義である人間)の誕生としてアナロギア的に語られていることを確認し、その論理構造を追った。その結果エックハルトの主張と異端判定理解との間には明らかな乖離があることが明確になった。
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