当初の予定ではトルコ南部のアラウィー派共同体に赴き資料の収集をおこなう予定であったが、ISIL問題に伴う治安悪化のため海外調査は諦めざるを得なかった。しかし、シーア派・スンナ派間の宗派論争に関する資料はすでに一定数入手済みであったので、このことは大きな障害にはならなかった。 本年度の研究においては、初期シーア派の重要な要素であり、アラウィー派(ヌサイリー派)などの少数派に多大な影響を与えたものの、主流分派である十二イマーム派、イスマーイール派には排除された極端派の伝統とその継承に焦点を当て、8世紀前後の極端派とアラウィー派、ドゥルーズ派との比較をおこなった。その結果として、8世紀前後の極端派にはあった輪廻思想、特定個人に宿る神性といった教義は、ドゥルーズ派よりもアラウィー派により直接的に継承されていることが分かった。ただし、霊的存在としての「影」を主軸にした宇宙論は必ずしもアラウィー派にそのままの形で受け継がれているわけではなく、連続性と不連続性があることも判明した。 また、アラウィー派、ドゥルーズ派はイブン・タイミーヤ(1258年没)らスンナ派法学者による苛烈なファトワー(法学裁定)の対象となったが、彼らのファトワーで描かれる二派の教義は、二派の内部資料に見られる教義とかなりの程度異なるものであることも本年度の研究によって判明した。
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