当該研究は、アルゼンチンの人権運動とその戦略を分析することを通じて、(1)身体の可傷性を媒介とした新たな記憶の継承可能性、(2)二項対立的な歴史認識への根源的批判、(3)<近代的な自律的主体によって構成される公共圏の再構築>という民主化モデルへの批判、(4)親密圏の導入によるオルタナティヴなデモクラシー論の可能性、を明らかにすることを目的としている。平成22年度は、現地調査と分析をつうじて、人権運動の論理にみる「記憶」の表象戦略と人権言説の変容を検証すること、ならびにフェミニズム論によるデモクラシー論再考の試みや、親密圏と倫理の政治に関する理論的な先行研究の理解を深めることを研究計画の柱にいた。現地調査と分析については、従来から定点観測をおこなってきた「記憶の場研究所」における「記憶の場」創出の試みについて現地でのインタビューや資料収集を行った。その過程で、2004年以降のキルチネル政権の「人権政策」の問題点や、伝統的な人権組織「五月広場の母たち」の現政権へのコオプテーションといった新たな問題がはっきりと析出されてきた。言い換えれば、「記憶の政治」が、対抗的なヘゲモニーを構成しえない状況が顕在化してきたということである。他方では、これまで見過ごされてきた現代アート運動等の文化運動のなかに、カウンターヘゲモニーを構成する力学が働いていることも判明してきた。今後は、これらのあらたな文化戦略の分析も行う必要性があることがわかった。以上の研究の途中報告については、立教大学ラテンアメリカ研究所における講演と『哲学・社会・環境』で発表している。
|