中国イスラーム思想史上最重要の思想家の一人であり、近代中国イスラーム思想への橋渡し的役割を果たした雲南の馬徳新(馬復初、経名ルーフッディーン・ユースフ1794-1874)が中国イスラーム思想の発展過程で確立した「道学」の目的を彼の主著『漢訳道行究竟』および『大化総帰』の分析により明らかにすることができた。『漢訳道行究竟』のなかで示される人間完成の過程の説明は、人は礼乗から出発し、道乗を全うし、真乗に至り、その結果として全人の境地に至ることが明らかにされている。この考え方は『漢訳道行究竟』の原本であるアジーズ・ナサフィーの『遥かな目的地』のなかに見えるものであるが、『漢訳道行究竟』のなかにみえる礼乗の完成者、すなわちシャリーアにより人間完成を成し遂げた人、道乗の完成者、すなわちタリーカによる人格完成者、そして真乗の完成者、すなわちハキーカによる人間完成者の観念はそれぞれペルシャ語原本にみえる観念と異なる相貌を示している。また真乗を経て「全人」の境に到達する人間は道教における神仙を彷彿させるものとなっている。西アジアのイスラーム思想においてはこの「全人」は「完全人間」と呼ばれるものであるが、西アジアにおいては「完全人間」は世界の存在を支える世界軸としての働きに重点がおかれた説明になっているが馬徳新は「全人」を道徳的な働きを行う者としての側面に重点が置かれた説明になっている。『大化総帰』において、とくにその序文のなかで馬徳新は人間完成の旅を終えた人格の完成者が真実在者の懐に抱かれて永生を楽しむというイスラームの死生観の真髄を明らかにしている。彼の弟子の馬開科の言うように中国イスラーム思想において馬徳新が初めて明確にイスラームの死生観が仏教や道教のそれとことなることを明確に説いたのである。こうした内容を松本耿郎著『馬徳新哲学研究序説』(駱駝舎、2014年3月刊行)のなかで詳述した。
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