本研究は、伊波普猷の日琉同祖論に注目しながら、彼の展開した「沖縄学」が近代日本のナショナリズムを攪乱する思想であることをあきらかにして、新たな伊波普猷像を提示しようとするものである。既存の研究では、伊波の日琉同祖論は、同化主義や、同化と自立を揺れる意識のあらわれと評価された。しかし、本研究では、伊波の日琉同祖論の、日本と沖縄を「同祖」であるとしつつ沖縄の「異族」性を強調する矛盾したあり方に注目し、それが日本や沖縄というナショナルな単位の思考自体に疑義を提示するものであることをあきらかにし、近代日本のナショナリズムを内側から割り崩す可能性を持つ思想であったことを示したい。 本年度は、伊波の日琉同祖論という思想の形成、発展、変化を精緻に追う作業を行った。便宜的に、1900年から1925年までを本年度の対象とした。とくに中心的に行ったのは、1911年に初版が出版された『古琉球』が、1916年再版、1922年三版と版が重ねられるにしたがって伊波が施していった修筆や収録論文の追加、変更などをおいながら、この時期の思想を考察するという作業であった。 具体的には、『古琉球』収録論文である「郷土史についての卑見」(収録時には「琉球史の趨勢」と改題)をその原論文が掲載された『沖縄新聞』から復刻した。『沖縄新聞』当該論文の掲載された『沖縄新聞』原紙はみつかっておらず、沖縄県立図書館に所蔵されている東恩納寛惇の新聞切り抜きのなかにある原本を元に復刻を行った。こうした基礎作業を進めつつ、いっぽうで、当時伊波が唱えた日琉同祖論は、ヤマトによる同化に対して伊波独自の抵抗であったことをあきらかにした。ただし、この伊波の「抵抗」は後に変化していくようにも見える。この点については、本年度の研究をふまえさらに対象を1925年以降に進めて解明していきたい。
|