当該年度は、とりわけアンリ・フォシヨンの美術史方法論と、同時代の新しい傾向を持つ歴史学の流れ、特にマルク・ブロックやリュシアン・フェーヴルに代表される「アナール派」の新しい歴史学方法論との平行関係に注目し、分析を行った。 その結果、彼らの間には、特に歴史的時間の把握の仕方について注目すべき共通性力弐認められることが分かった。もともと比較史を母体のひとつとするアナール派の歴史学は、比較対象であるヨーロッパ各国の歴史がそれぞれ異なる独自の時間を持つことを重要な出発点としていた。一方フォシヨンもまた、ヨーロッパ各地の美術の進展、そして美術の内部における技法上の各ジャンルにおいて、異なる速度を持つ歴史的時間制の存在を、自らの美術史学の基礎としている。こうした歴史の複線性は、それまでの一方向的な発展史観的美術史や、中心と周辺の区別とそれに伴う文化的・政治的優越性の主張を含んだ美術史的言説と一線を画す上で重要な論点であり、フォシヨンの反民族主義的立場とも結びつくものであった。しかし一方で、ブロックらがあくまで国家を歴史の単位と考える傾向を持つのに対して、フォシヨンは国家よりも地域を歴史の主体と考える相違もある。このように、同時代歴史学との平行性は単なる偶然や流行ではなく、より本質的な特質をもたらすものであり、同時代の歴史学の革新に沿った歴史家としてのフォシヨンの特質が、具体的に明らかとなったと言える。
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