平成22年度の研究活動は、主として鎌倉時代に新たに発達した肖像画形式である似絵の研究を中心に行った。中でも、徳川美術館所蔵の「天皇摂関御影」の調査を行ったことは大きな成果であった。この似絵画巻は、全図は徳川美術館発行の『絵巻』(一九九三年四月)に掲載されているものの、写真が小さく細部を確認することは困難であった。しかし、今回徳川美術館のご厚意により、全巻の熟覧を許された。その結果として、甲巻では、天皇の描き方が四手に分かれることが確認できた。すなわち、冒頭の鳥羽院から四条院までが画風上一グループを成し、続く後嵯峨院が独特の精緻な筆致で描かれ、さらにそれにつづく後深草院と亀山院はスケッチ風の筆致で描かれるが、後深草と亀山では手が異なるということが分かった。細線重ね描きの画風が基本となる似絵において、後嵯峨院だけが、細密に描かれ、また彼だけが一回り丈高く描かれていることは、この画巻の制作主体が後嵯峨院であったことを暗示すると思われる。こうして画巻の視点人物が定められたことは、研究史上の独自の成果であると考えられる。 また、乙巻については、九人の法体影の名前が分からないことが研究上の大きな壁であった。この九人の法体影については黒田日出男氏が仁和寺御室である可能性を提案されていた。今回、実地の調査によって、九人のうち末尾の一人だけが後から付け足された可能性が高いことを発見した。こうした熟覧の成果に基づいて、かつ、文献的研究をも援用して、法体影の名づけを黒田説から変更し、仁和寺御室でも、第六代の守覚法親王から第十四代の寛性法親王までの九人である可能性が高いことを指摘した。 これらの成果は平成23年度に発行する予定の自著の一章として発表する予定である。
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