具体的内容:2010年4月、日韓美学研究会・東方美学会による合同国際美学研究集会並びにシンポジウムを企画・主催した。主要テーマは「東アジアの自然と藝術」であり、50を超える論考を収載する報告書を刊行した。同年8月、北京で開催された第18回国際美学会で「日本の美学」のパネルを、西欧と中国の狭間で自覚される日本美学の独自性をコンセプトに「藝術と自然」を焦点として企画・担当した。9月末には北京の首都師範大学で王徳勝教授らと共同研究を推進した。その機会に「雨の美学」他招待講演を行った。年度後半も、山東大学で生態美学の曾繁仁教授らと共同研究を継続してきた。 以上の結果、視覚を必ずしも優越契機とはしない自然の美的享受の仕方に関する理論的パラダイムを東アジアの藝術思想や藝術の伝統から取り出すことができ、所期の研究目的を相応に達成した。 意義:東アジアには、自然の放つ精神性や生命性を被包越的に身心的に感受する雰囲気の美学があり、視覚の効かない夜や朧や薄明といった状況でも雨音・静寂・匂い・湿気等を契機に自然美体験が生起することが解明された。このように、自然美に関し、とりわけ雨の研究を核として従来の西欧の景観や自然美の美学とは異なる理論的又文化的な展望を開き、現代的研究動向に一つの方向性を見出すことができた。 重要性:自然景槻や風景の概念が歴史的理論的な負荷を帯びていることは明かであるが、それは文化の多様性の証でもある。朧や薄明や夕暮れや雨という気象的自然に即した日本の美学伝統の解釈は、中国の生態美学や北米の環境美学やドイツの雰囲気の美学と軌を一にし呼応する。「環境美学」は、西欧の歴史的な美学を前提とし継承しているが、同時に革新でもある。自然美を考察の梃子とする美学の現代的革新に、雨を焦点に日本や東アジアの藝術や美的伝統の解釈を通して参加・寄与することで、従来の自然観に新しい光を投ずることができる。
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