初年度である本年は計画通り、まず、17世紀ローマの庶民と宗教の関係について文献調査を行った。 具体的には、昨年11月、ローマに出張し、16世紀末から17世紀初頭、民衆向けに出版されたパンフレット類を百点以上、調査した。そのほとんどは、小さな用紙を二つ折りで8頁に仕立てた簡便なもので、内容的には、カトリック信徒として生きる基本的道徳を、キリスト伝、聖人伝などの具体例に即して教えていた。また、大部分は、覚えやすいように、韻を踏んだ4行詩の形式によって物語が構成されていた。これらのパンフレットは、つまり、読解および暗記の両方に資するよう意図して制作されたもので、ローマにおける庶民向け識字教育と宗教的知識の普及が密接に結びついていたことが確認された。 この成果を受けて、本年3月にはドイツに出張し、特にドレスデン絵画館において、同館が所蔵する、ドメニキーノが《聖女チェチリアの施し》を描くに際して手本とした、アンニーバレ・カラッチ作《聖ロクスの施し》を調査した。両作品はともに庶民が主役として登場するのだが、実地調査に基づく比較検討によって、ドメニキーノがローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂に描いた《聖女チェチリアの施し》では、カラッチの先行作より、はるかに現実的で説得力のある民衆表現が行われているのを確認した。当時のローマで庶民を意識した絵画制作が行われたのは間違いなく、この観点から当時のローマ宗教画を考察する妥当性が再確認された。庶民のドメニキーノだけでなくカラヴァッジォの民衆表現も宗教教育との関連から検討される可能性が出てきたのも、本年度の調査研究の収穫であった。
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