当該年度は、『楽家録』の書誌情報の研究と楽思想の展開と雅楽実践および『楽家録』との関係性について検討した。 当該年度の調査は京都府立総合資料館所蔵本、秋田県立図書館所蔵本、内閣文庫所蔵本についての調査を行い、秋田県立図書館所蔵本については写真撮影を行った。また前年度までに撮影および複写した分について、特にマイクロフィルム納品されている分についてデジタル化を行い、その上でデジタルデータ同士の照合を行った。 当研究課題実施中に撮影または複写した写本は、宮内庁書陵部所蔵本を除いたすべてに共通しているのが奥書がないことであった。つまり写本した人物が当該資料からはわからないということである。50巻にも及ぶ大著の写本を写した上で奥書にそれを記さないということは、個人的興味関心に基づく私的な写本であれば考え難いことである。したがって、ここからは、これらの『楽家録』の写本は私的な行為ではないことがうかがえる。 一方で、デジタル化した楽家録の筆跡を比較したところ、複写したすべての写本の筆跡がどれ1つとして一致しなかった。また複写はしていないが現地で所蔵調査をしたすべての写本についても同様に、どれ1つとして筆跡が一致したものはなかった。 このことは、『楽家録』の写本は、業者的、商売的に写本を請け負って作成した可能性を否定するものであると考える。誰が、何のために、どのような状況で写本を作成し、かつそれがどのように蔵書先に所蔵されていくに至ったのかについては、これら写本からは見出すことができなかった。しかしそれは同時に、『楽家録』という特殊な書物の扱われ方、認識が、また独自の形態を伴っていたことを示しており、楽思想的、文人趣味的関心と照らしあわせて、その実態を更に解明する必要があると考えるに至った。それについては今後の課題として研究を継続していく所存である。
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