(1)最終年度の最大の課題は、研究目的「バーサを訳して上演する」における「上演する」の実現であった。2012年3月に訪印し、研究協力者である演出家シャンカル・ヴェーンカテーシュワラン氏との集中的な協議の結果、上演するバーサ戯曲を『打ち砕かれた腿』("Urubhanga")とし、上演時期を2012年9月、上演場所をインド、ケーララ州トリシュール市とし、演技派インド人女優マンダーキニー・ゴースワーミ氏による一人芝居と決め、脚本化の作業を進めた。 (2)バーサ劇翻訳研究の課題の一つは、現代演劇人が惹かれるバーサ劇の革新性、独創性の分析であったので、脚本化の過程においては原作『打ち砕かれた腿』のバーサ的特異性を抽出し、おそらくは、サンスクリット劇初の試みのヴォイスパフォーマンスとしてのモノドラマ『百と一の子守歌』("101 Lullabies")を共同創作した。 (3)原作『打ち砕かれた腿』は、扱うエピソードそのものは『マハーバーラタ』から採るものの、主題は通常の解釈では悪玉ドゥルヨーダナを悲劇の主人公とし、父王と母ガーンダーリー、側室、創作した息子を登場させ、善と悪を逆転させるとともに、新鮮な解釈を可能とする余地を創出していると理解した。その委ねられた解釈の一つのとして、悲運の母ガーンダーリーの絶望、呪詛、救済の物語と、原作を解釈し、モノドラマということで原作でも少ないガーンダーリーの台詞を極限まで押さえ、船津恵美子のキーボードによる音楽との即興的コラボとした。 (4)2012年9月22日、トリシュール市ケーララ州立サンギート・ナータック・アカデミー・スタジオにて一般公開の形で上演し、好評を博した。観客数約150名。制作:船津和幸、演出:S.ヴェーンカテーシュワラン、出演:M.ゴースワーミー、音楽:船津恵美子。なお、上演記録としての映像をDVD版で制作中である。
|