1.19世紀群衆論の諸相『フロイトと文学』所収予定論文「神話と主体─「集団」の精神分析と言語芸術」 人間集団の新形態たる群衆がどのような表象によって可視化されるようになったかを考察した。これは、文化的、社会的モデルネは従来、主体という存在の意味を無にする要因に産業構造や政治体制の変化による合理的社会を根拠にしてきたが、不特定な集団、群衆に注目することで、新しい文化史論を構築する試みである。具体的にはダーウィン神話、フロイトの集団心理学などが登場した時期の文学的形象を神話(Th.マン)、非人称あるいは主体の消滅 (ボードレール、ベンヤミン)、非言語的存在(ムージル)として分析した。 2.群衆に総括的アイデンティティをもたらす神話の表象プロジェクト 18世紀後半に再発見されたドイツ中世英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』がナショナリズム形成期にとった形象のあり方を検証することで美的高揚効果の系譜を捉えることができることを示した。具体的には、文献学的調査・研究のみならず、ゲーテ(古典主義文学の関心、韻律や情感への留意)、ドイツ・ロマン派(民族の歴史、古代・中世への言語的起源の探求)、対ナポレオン戦争(愛国心の高揚)、帝政ドイツ(国民アイデンティティの確立)といった社会的、文化的背景のもとに受容されたこと、現代語訳をはじめ、さまざまな媒体に翻案されたことが挙げられる。つまり、この伝説が単なる文学作品以上の神話作用を持つことを意味している。この受容プロセスは、言語的記憶の想起作業から、視覚的原体験の創出への流れととらえられ、群衆に適合したメディアとしての視覚芸術化のなかに神話化の演出意図を読み取ることができる。この造形芸術(絵画・建築・舞台作品・記念碑→映画)を媒体とした視覚的崇高体験の政治的演出は、様式化、儀礼化による、群衆のふるまいを決定する国家空間の確立の過程として意義を持つのである。
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