英語圏で伝承される物語歌バラッドは、口頭文化から録音文化へ移行しつつあり、その過程で、録音が新たな伝承の源となっている。本研究は、録音文化におけるバラッドの歌詞と旋律が、どのような形に収斂または拡散する傾向にあるのかを明らかにするものである。本研究全体の計画は、チャイルド・バラッド(全305曲)から、演奏頻度の高い20タイトルを対象曲として選定→それぞれについて録音資料を収集、録音リストを作成→各タイトルのそれぞれの演奏ヴァリアントについて、歌詞と音楽の傾向を調査→録音版が新たな伝承を生む現状を踏まえ、録音版と口頭伝承版の接続可能性について考察、提言、という流れになっている。 22年度末までに、対象曲の選定、20タイトルの録音資料の収集とリストの作成、ヴァリアントの多い6タイトルについて歌詞と旋律の分析を行った。 歌詞と旋律の分析を通じて、録音文化の特徴として以下のことが明らかになった。(1)バラッドはさまざまなジャンルに分化して発展したが、さらにジャンル同士の接触がカテゴリーの細分化や同化を促した。(2)録音文化においては、ある特定の演奏が正典化される傾向がある→それにより、地域やジャンルを越えた伝達がますます盛んになる。(3)歌詞表現のみならず、音楽上の工夫によって意味上のまとまりを強化する傾向があり、整合性のとれた説明的な語りが展開される。(4)ポピュラー音楽の様式においては、バラッド独特の反復の処理が大きな問題となる。 今後は、「トラディショナル」と「ポピュラー」の接点として、ヴァージョンの同一性とパフォーマンスの差異化の関係性を掘り下げる必要がある。懐の深い「トラディショナル」概念が、いつまで、そしてどのように持ちこたえられるのか、考えていきたい。
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