英語圏で伝承されるバラッドと呼ばれる物語歌は、ローカルな口頭伝承が廃れる一方で、録音文化に浸透することで新たな伝承ルートを獲得しつつある。この研究では、20タイトルのバラッドについて2001年以降の録音をできる限り収集し、歌詞と旋律の傾向を調査した。その結果、多様化する21世紀のバラッド演奏について次のような点が明らかになった。 ①バラッドは、フォーク、ロック、カントリーなど、ポピュラー音楽のさまざまなジャンルに居場所を見つけて発展し、さらにジャンルどうしの接触がカテゴリーの細分化や同化を促した。②録音が仲介する世界規模の伝承環境においては、著名な演奏者が録音したある特定のチューンがスタンダードとなり、伝承される。その際、③曲の出自を「トラディショナル」と記すのは、歌い継ぐ者にとって正当なエクスキューズとなるだけでなく、自由な表現を保障する積極的な意味をもつ。④それぞれの録音は属するジャンルの特徴を共有しているが、⑤形式固有の問題(多くの連の反復をいかに処理するか)が、多様な演奏を生む契機となっている。ダイナミクスや拍、テンポの微妙な変化に無関心であるポピュラー音楽の様式は、口承の流動かつ自由な歌唱にははなはだ不向きなため、⑥連ごとに旋律線以外のアレンジを変えていくか、歌詞のない部分のつくりを工夫することで変化をつける。⑦歌詞の内容をふまえて間奏を入れることで、語りの構成を強化する、といった工夫をしている。無駄を省き、わかりやすさを優先する語りの試みが、音楽の助けを得ていっそう効果的に実現されている。 録音文化において様式が多様化したバラッド演奏は、現状では、ポピュラー音楽の各ジャンルによる弁別が可能である。しかし、インターネット動画や音楽配信システムの発達に伴い、同名曲の比較が格段に容易になった現在では、ジャンルを越えて、ますます差異化の必要性に迫られるであろう。
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