平成22年度研究では、文献及び楽譜の調査によって、バッハ演奏の際にしばしば拍の開始部分でテンポの拡張が起こり、拍の後半にかけてテンポの圧縮が行われていたことが明らかになった。また、平成23年度研究では、同じく文献及び楽譜の調査によって、モチーフ及びアーティキュレーションとテンポの変動の関係が明らかになった。平成24年度はそれらを踏まえ、20世紀の演奏家によるバッハ演奏に含まれるテンポの変動の基本的内容を、テンポの解析によって明らかにした。テンポの解析は同じ音価の音型の反復による楽曲の演奏を対象とし、平均律クラヴィーア曲集第1巻よりハ長調BWV846及びハ短調BWV847の前奏曲の各音の長さを、音響解析ソフト(Pro tools)を用いて100分の1秒単位で計測することによって、テンポの微細な変動を調査した。演奏はバッハ演奏において国際的な評価を有するチェンバリストとピアニストそれぞれ10人による。計測結果をグラフ化してテンポの変動の動態を分析し、更に、渡邊裕らの研究を参考に、分散分析法を用いてテンポ変動を要因毎に分析した。その結果、個々の演奏家の表現様式の違いが明らかになると共に、下記のような年代毎の表現様式との関連性についても明らかになった。 1.フィッシャーやヴァルハ、ギーゼキングらの1960年以前の演奏ではテンポと拍の強弱との関係が認められず、これは新即物主義的な表現様式との関連を示すものと考えられる。 2.コープマンやギルバートらの1980年代の演奏ではテンポの変動が増し、強拍部分でテンポが顕著に拡張しており、これは、チェンバロ演奏におけるオリジナル主義との関連を示すものと考えられる。 3.ウィルソンやピノックらの1990年以降の演奏ではテンポの変動が有意に減少し、新たな表現様式の到来を示すものと考えられる。 本年度の研究実績は論文として投稿中。
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