本研究課題による三年間の研究期間で、 1.六国史断絶後の歴史記述の基盤の問題を考察した。その成果として、物語の注釈書である『河海抄』が、中世の年代記生成の現場と不可分に接点をもつことを研究し、論文「光源氏と内覧」を発表した。これは、『源氏物語』澪標巻に描かれた、冷泉朝の実権を光源氏と岳父がわけもつ状況について、『河海抄』が史上の藤原時平・菅原道真の例をあげ、「執政臣二人」という問題としていることに注目し、その理解の基盤に、これを史上の初例と捉えようとする中世の内覧認識があったことを史料から検証したものである。さらに、有職故実書『桃花蘂葉』(一条兼良)に、『源氏物語』が史上の実例と並んで挙げられていることを見、貴族社会の終焉期にあって、『源氏物語』が、日常、現実に近いところで先例と見做されていたことを指摘、『河海抄』がそのような認識をうけながら、年代記類にうかがわれる歴史認識生成に関与していったさまについて考察した。この研究の過程で、私撰国史生成の現場と『源氏物語』注釈書のかかわりを具体的に描くことができたとともに、従来『源氏物語』注釈史とはまったく接点がないと考えられてきた、近世の庶民層に浸透した重宝記類とのかかわりについて見通しを得た。 2.中世に多く見られ、近世にもひきつがれてゆく和語の注について考察した。具体的には、『河海抄』所引の「万葉」に注目し、これが、『万葉集』研究、『源氏物語』研究、さらに古辞書研究、いずれにも大きな意味をもつことを指摘した成果として論文「『河海抄』の「万葉」」を発表した。この研究の過程で、古辞書類に目をやることで近世期の歴史記述(重宝記のような、簡便なものも含む)とのつながりを具体的に確かめることができる見通しを得ることができ、さらに研究を進め深める方針をもった。
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