詞書を伴った源氏絵や三十六歌仙などの、物語絵や歌絵について、国内および海外の新出資料を広く調査収集した。また、それに基づいた詞書筆者の一覧表を作成し、その筆者たち、および画家の生没年から、作品成立の時代背景を検討した。今年度では、国文学研究資料館や徳川美術館・蓬左文庫、西尾市岩瀬文庫など国内の施設の収蔵品とともに、米国インディアナ大学ブルーミントン校のリリー図書館や美術館など海外の資料も調査した。 物語絵や歌絵の画帖や色紙の張交ぜ屏風などにおいては、公家たちの分担執筆による寄り合い書きが多い。その調査の結果、詞書を伴った源氏絵などの物語絵や三十六歌仙絵などの歌絵には、江戸前期、ことに十七世紀後半の作品が多く残されていることが判明した。その多くは、後水尾院文化圏にかかわった公家たちで、中院通村や飛鳥井雅章のように、後水尾院から古今伝授を承けた歌人が中心であり、それらの人々が、江戸前期の源氏学をも支えていた。それらの人々はまた、すぐれた書家としての能筆であった。 詞書を伴った源氏絵や三十六歌仙などの製作依頼者は、公家のほかに徳川家をはじめとする武家によるものも多い。特に源氏絵は武家としての源氏の権威にも通じるものであった。 女性の嫁入り本として作成されたものでも、政略結婚とみなされる際の調度などでは、武家の権威に準ずる公的な性格をもつ。他方で、公家たちの寄り合い書きによるのではない、一人ないし少数の詞書筆者による作品には、女性による私的享受が目的とみられる作品もある。それらの絵には、狩野派や土佐派であっての淡彩や白描のものも多い。元禄期にかけて、そうした和文学の私的享受は、新たな町人文化へと通底していく。
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