夏目漱石のアジア観、ヨーロッパ観については、従来の大方の見方は、漱石はヨーロッパを相対化する視座を有していたものの、アジア--中国・朝鮮に対しては帝国主義・植民地主義の枠組からの発想を脱することができなかった、そしてそれが漱石の限界であったとするものであった。本研究は漱石の作品・日記・書簡等に限らず、東北大学蔵漱石文庫の資料を検討し、「渡航日記」「滞英日記」等諸資料を調査・研究することを中心に、漱石のアジア観、ヨーロッパ観に再検討を加え、ほぼ通説化しつつ見解とは異なる漱石像を再構築することを目的とした。本研究は、漱石のアジア観とヨーロッパ観を連関させて並行的に検討するものであった。平成22年度は、漱石のアジア--中国・朝鮮(韓国)観を重点的に研究するために、漱石文庫の資料のうち「朝鮮写真帖」「朝鮮歴史地理第二(歴史調査報告第二)」等の朝鮮・満洲等に関する諸資料の調査・研究を重点的に行うこととし、その結果を踏まえて漱石の作品・日記・書簡等との比較検討を行い、総合的に漱石のアジアー中国・朝鮮(韓国)観について解明しようとした。またそれに加えて、ヨーロッパ観に関わる資料である「渡航日記」の漱石全集未収録部分の撮影による資料収集も行った。ただ、貴重書扱いの漱石関係資料の撮影には高額の費用を要するために、予定していた資料の全てを撮影することができず、次年度以降に残りの部分の調査・撮影を行うこととした。 また、漱石のアジア観、ヨーロッパ観を考察する上での前提となる、近代日本における〈弱者〉と〈加害者〉の関係、近代における〈歴史〉と〈弱者〉の問題についての文学作品の分析・検討を併せて行い、その成果の一部を海外における学術講演会、海外の大学発行の学術雑誌等で発表した。
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