本年度は最終年度で、前年度までに写真複写などで収集した各地の地芝居団体、地芝居指導者(振付師匠)及び在地の旅役者が所蔵した台本類の整理分析及び補充を行った。その結果、地芝居団体が持つ台本類は、その地の旧指導者が残した歌舞伎台本と浄瑠璃本がほとんどであることが明らかとなった。その指導者は旅役者又は上方の中小芝居役者で、何らかの事情でその地に住み着いた者であった。江戸時代から明治期、中には大正・昭和初期頃までは指導者が直接指導していたが、その没後は指導者の台本を演出とともに地域で継承し、代々の村内の指導者が次世代に伝承してきた。明治期に始まった役者鑑札制度が素人役者の半プロ化を助長し、地芝居と旅芝居の距離を縮めた。よって、地芝居の多くは、江戸末期から明治期にかけての上方系旅役者の芝居を伝承、上演していると言えよう。上方から遠く離れた越後や出羽地域でも、このことは言えるようである。埼玉県や群馬県など関東地区の地芝居には、江戸系の地芝居を伝える地域もあるが、これも旅役者の芸系を継承している点では同様である。江戸末期になると、大芝居役者を招致したり、大歌舞伎台帳による上演や番付作成など都市の歌舞伎興行に似せた上演をする所も出てきた。一方、歌舞伎台本ではなく、浄瑠璃本ばかりを所蔵している地域もあるが、これは浄瑠璃本から、上演の都度台本を作成したり、時には浄瑠璃本を台本代わりにして、地芝居を演じてきたことを示している。地芝居は浄瑠璃の時代物が代表的演目で、義太夫に併せて演じられるので、浄瑠璃本がそのまま台本になり得たのである。祭の奉納芸としての地芝居には、浄瑠璃の持つ異界に響く力は必需であった。 以上のように、地芝居所蔵台本の分析によって、旅役者や中・小芝居あるいは大芝居と地芝居の関係の大筋は見通せたので、これについての分析と整理を終えた各地の台本類の目録を報告書として公刊した。
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